部屋に入ると翔は尋ねた。「先輩、何か飲みますか?」「ああ。そうだな、貰おうか」翔はアイスペールに氷を入れ、ワインを中に入れて持って来た。栓を空け、ワインを注ぐと二階堂の前に置いた。「へえ〜スパークリングワインか……いいんじゃないか?」二階堂はグラスを傾けると満足そうに頷く。「日本酒もありますよ?」「いや、今夜はこれでいいさ」そして二階堂はグラスを口に付けた。「うん、旨い。鳴海、お前も飲めよ」「はい、そうですね」暫くの間2人は無言でスパークリングワインを飲んでいたが……二階堂が口を開いた。「京極正人について少し調べてみたんだよ」「何か分かりましたか?」「それがさ……面白いほど何も出てこなかったんだよ」「え?」「あの男、学生の時から起業してるんだが、かなり情報処理産業に踏み込んだIT企業を経営している。何せ調べれば調べるほどに、京極正人についての情報がネット検索で引っ掛かってこないんだからな……。下手したらマスコミまで巻き込んで自分に関する情報を漏らせないように手を打ってる可能性もある。余程調べられたくないか、調べさせないようにしているのかもしれないな」「え……?」「まあ、ちなみに俺の情報はかなり漏れてるぞ〜。どこどこの女優と交際しているとか、過去に付き合った女性遍歴とか……まあ、全てガセネタだけどな。あの男にはそんな情報すら出てこない」「……」翔は難しい顔で二階堂の話を聞いている。「翔……お前、何か恨みを買う真似でもしたのか?」「まさか! 俺はあんな男知りもしませんでしたよ。むしろ最初に知り合ったのは朱莉さんですから」「何?」二階堂はそこで顔を上げた。「朱莉さんと京極が……先に知り合ったのか?」「え、ええ……」「そうか……なら朱莉さんについて調べれば京極の話が出て来るかもしれないな。何せ鳴海グループのことを調べればきりが無いからなあ?」二階堂の言葉に翔は背筋が寒くなった。「待って下さいよ……そんなに鳴海グループはネットの裏で叩かれてるのですか?」「何だ、知らなかったのか?」「え、ええ……。ネットの書き込みは信用するなと散々祖父に言われてきましたから……」「そうか、でも少しは知っておいた方がいい。そうしないと京極のような奴に足元をすくわれかねないからな」「分かりました……」「でも、今度から京極は俺のこ
「さあ、どうぞ」翔はズラリとテーブルの上に料理を並べた。「す、すごい………」朱莉は翔の作った料理に目を見張った。テーブルの上にはちらし寿司、ハマグリのお吸い物、茶わん蒸し、白身魚のカルパッチョ、春野菜と魚介のサラダが並べられている。「お! 何だ、鳴海。お前また料理の腕上げたんじゃないか? もう副社長なんかやめてシェフになったらどうだ?」二階堂は料理を見つめ、笑顔で言う。「何てこと言うんですか。料理はあくまで趣味ですよ。朱莉さんも遠慮なく食べてくれ。そうしないと全部先輩食べられてしまうかもしれないから。こう見えて先輩は大食いだから気を付けた方がいい」「こら、誰が大食いだ、誰が」二階堂が翔を小突く真似をした。「何言ってるんですか。学生時代、学食のメニューを一度に5人前頼んだこともあるじゃないですか」「あれはまだ若かったから食えたんだ。もうそんなに食えるかよ」そう言いながらも二階堂の箸は止まらない。「うん、旨いな。ちらし寿司のお替りはあるか?」「ほら、やっぱり大食いだ」そんな2人のやり取を見て朱莉はクスクス笑った。「どうしたんだい? 朱莉さん」翔は朱莉に尋ねた。「い、いえ。お2人とも、すごく仲がいいんだなって思って。何だか羨ましくて……。私には同年代のお友達がいないので……」「朱莉さん……」(そうだった……朱莉さんは高校中退後はずっと缶詰工場でパートを……)すると二階堂が言った。「朱莉さん。蓮君も産まれて半年だろう? ママ友でも作ってみたらどうだい? よくネットでも見かけるけどね」二階堂の提案に朱莉は躊躇った。「ええ。でも……」「うん、いいんじゃないか? ママ友のサークルか……。会社の保育所で聞いてみるよ。そういうサークルがあるならどんどん参加すべきだ。堂々と蓮を連れて行けばいい」翔は明るく言った。(そうだ。そうやって周囲に蓮は朱莉さんの子供だとアピールしておけば既成事実が出来上がって、本当の家族になろうと持ちかけるきっかけになるかもしれないしな……)「でも……いいんでしょうか……?」躊躇う朱莉に冗談めかして二階堂は言った。「1人で参加しにくいなら付き添ってあげようか?」「先輩は黙っていて下さい! それよりお替りは、いりますか?」「ああ、くれ」「それならもう変な話はしないで下さいよ。そうじゃなければあげませ
二階堂は抱き寄せた朱莉の肩が震えていることに気付いていた。(朱莉さん……。余程京極が怖いんだな……)「大丈夫かい? 朱莉さん」朱莉を覗き込むように尋ねた。「は、はい……。だ、大丈夫……です……」「もう大丈夫、京極はカフェに入ったよ」朱莉の頭を胸もとに引き寄せる二階堂。「あ、あの……こんな真似をされると……」「京極が見ているんだよ。だからわざとやってるんだ。エレベーターに乗ったら離れるよ」やがてエレベーターが降りてきてドアが開いた。二階堂は朱莉の肩を抱いたままエレベータに乗り込み、ドアが閉じると朱莉を離した。「朱莉さん。すまなかったね。それにしても見たかい? あの京極の顔を」二階堂は朱莉の目に、楽しそうに映った。「で、でもあの行動は何か意味があったのでしょうか……?」「え? 勿論意味があるに決まってるじゃないか。何せ京極は朱莉さんに気があるんだからね」「!」朱莉はその言葉を聞いた途端、ビクリとなった。(そ、そんな……まさかとは思っていたけれども……京極さんが私を……?)「ごめん、朱莉さんを怖がらせるつもりは無かったんだけど、まさか京極の気持ちにも気付いていなかったのかい?」二階堂は朱莉に尋ねた。「い、いえ。何となくは感じてはいたのですけど、改めて言われると、怖くて……」「朱莉さん……」その時、エレベーターのドアが開いた。「降りようか? 朱莉さん」「はい……」****「朱莉さん! どうしたんだ!? 真っ青じゃ無いか!」玄関に入ると翔が現れて、朱莉を見て驚いた。そして二階堂をジロリと見る。「先輩。まさか朱莉さんに何かしたんじゃないでしょうね……?」「馬鹿! 人聞きの悪いこと言うなよ。俺と朱莉さんがエントランスで話をしていたら京極が現れたんだよ」「え……? 朱莉さん……?」「あ、あの玄関先では何ですから中へ入りませんか?」朱莉の提案に二階堂は頷いた。「ああ、そうだな。取りあえず上がらせてもらうよ」****「へえ〜。この子がお前の子か。かっわいいなあ……」二階堂は朱莉が抱いた蓮を見て嬉しそうに顔をほころばせた。「抱かせて貰ってもいいかな?」すると素早く翔が答えた。「先輩、赤ちゃん抱いたことはあるんですか?」「いや、無い。だから練習させてくれ」大真面目に言う二階堂の姿が面白くて朱莉は笑ってしまった
「こちらが住まいになります」億ションに案内された二階堂は建物を見上げた。「へえ〜さすが鳴海だな。六本木に億ションとはね」「二階堂さんはどちらにお住まいなんですか?」「俺は赤坂に住んでるよ」「赤坂ですか? それでも十分凄いですよ」朱莉は感嘆の溜息を洩らした。「どうかな? 俺は独身だからマンションだって1LDKだけどね。まあロフトはついているけれども……」そんな会話をしながら2人でエントランスに入った時、二階堂はカフェの存在に気が付いた。「へえ〜カフェがあるのか……いいね。朱莉さんはここのカフェは利用したことあるのかい?」「いえ、私はまだ一度もありません」「そうか。ここならエントランスの様子も良く見えるし、待ち合わせ場所には……」そこで二階堂の動きが止まった。「? どうしたのですか? 二階堂さん?」「……」しかし二階堂は朱莉の質問には答えずに、ゆっくりと大きな観葉植物に近付いた。「二階堂さん……?」二階堂は観葉植物の葉の隙間から小さな小型カメラを取り出した。「! カメラ……!」朱莉は思わず両手で口を塞いだ。二階堂はカメラの電源を切ってハンカチで包み、ポケットに入れた。「ふ〜ん……なかなかやるな。この観葉植物はカポックと言って、ある程度成長すると、ほとんど水やりが不要になる植物なんだ。……このカメラを仕掛けた犯人は恐らくそのことを知っていてカメラを仕込んでいたんだろうな? コンシェルジュがあまり水やりをしない観葉植物に仕掛けたのか……」「あ、あの……そのカメラ、どうするんですか?」朱莉は震えながら質問した。「いや、どうもしない。俺が持ってるよ」「警察に届けないんですか?」朱莉は不安げに二階堂を見上げた。「ああ、届けない。こっちにも色々考えがあるからね」二階堂の言葉に朱莉はますます不安になってきた。「あ、あの……二階堂さんは社長さんでいらっしゃいますから、あまり危険な真似はなさらない方が……」するとそれを聞いた二階堂が笑みを浮かべた。「嬉しいね。朱莉さん。俺のことをそれ程心配してくれるのかな?」「え? えっと、それは……」その時――「何をしているんですか?」エントランスに現れたのは京極だった。彼は険しい顔で二階堂を見ている。「きょ……京極……さん……」朱莉の身体に緊張が走った。「朱莉さん、こんばんは
その頃—— 京極は部屋でコーヒーを飲んでいた。京極の部屋には監視モニターが付いている。実は彼はこの億ションには内緒で、出入り口のすぐそばにあるカフェにエントランスが隠し撮りできるように隠しカメラを取り付けていたのだ。勿論このことは静香には絶対秘密である。もし報告しようものなら、犯罪めいたことをするなと烈火の如く激怒するのが目に見えている。京極は自分が朱莉に怖がられているのは十分承知していた。本当は初めて出会った頃のような仲に戻りたいと切に願っているのだが、自分からその関係を壊してしまったのだ。いまさら修復出来ないことは分かり切っていた。その代り、朱莉を見守る為に隠しカメラを設置したのである。自分でも行き過ぎた行動を取っている自覚はあったのだが、今更引き返せない処まで京極は来てしまっていたのだった。今日は土曜日で、朱莉が病院に行くことは知っていた。平日は殆ど外出することは無いが、土曜だけは別だった。何故ならこの日は翔が蓮の面倒を見てくいるからである。なので朱莉は土曜日にまとめて食材を買いに出かけることも度々あった。その為に土曜に限り京極はモニターの前になるべく待機するようにしていた。 それは突然の出来事だった。何気なくモニターを見ていると、朱莉がエントランスに現れたのだ。「え? 朱莉さん……? こんな夕方に一体何所へ行くんだ? 今から後を付ける訳には行かないな。そんなことをしても見失うだけだ。手ぶらのようだし、すぐ近所までかもしれないな……よし、このままモニターを監視していることにしよう」京極は目を光らせて、モニターを見つめた——**** その頃、朱莉は待ち合わせ場所の巨大蜘蛛のオブジェに向かっていた。オブジェが見えてくると大勢の人々が待ち合わせをしていた。そこに頭1個分とびぬけて背の高い男性が目に留まった。(あ、きっとあの人が二階堂社長だわ)朱莉が向かう前に先に二階堂が朱莉を見つけ、手を上げて笑顔で声をかけてきた。「朱莉さん。久しぶり」「こんにちは。すみません、お待たせいたしました。それでは行きましょうか?」「いや、俺も今来たばかりだから気にしないでくれよ。ああ、ごめん。今日はプライベートだからこの話し方を許して貰えないかな?」「いえ、許すも何も……二階堂社長は私よりも年上ですし、気を使わないでください」「朱莉さん」す
16時―― 朱莉がお見舞いから帰って来た。「只今戻りました、翔さん」「ああ、お帰り。朱莉さん」翔がエプロンをした状態で玄関まで出てきた。「……」それを見た朱莉がポカンとした表情で翔を見ている。「朱莉さん? どうしたんだい?」翔が首を傾げて尋ねると、朱莉はハッと我に返った。「い、いいえ。翔さんのエプロン姿をはじめて見たものですから。すごくよく似合ってますよ?」朱莉が笑みを浮かべて言うので、つい翔は照れてしまった。「あ、ありがとう」赤面した顔を見られないように、視線を逸らせる翔。「もう殆ど食事の支度は済んでるんだ。朱莉さんは休んでいていいよ」「分かりました」朱莉はコートを脱ぎ、手洗いを済ませると翔の傍へやってきた。「あの、やはり何かお手伝いしましょうか?」「いや。いいよ。あ……そうだな。それじゃ連絡が入ってきたら二階堂先輩を駅まで迎えに行って貰おうかな?」「え? 私が……ですか?」朱莉は怪訝そうな顔をした。「料理の準備は俺がしてるから、朱莉さんが迎えに行ってもらえると助かるよ。ほら、ここから駅は徒歩5分くらいだし……お願いしてもいいかい? 巨大蜘蛛のオブジェ……分かるだろう? そこで待ち合わせをして貰おうかな?」「はい。分かりました」朱莉は素直に返事をした。そんな朱莉を見ながら翔は思った。(本来なら俺が迎えに行くのが筋なんだけどな……。先輩から朱莉さんと接点を持たせろと言われているし……クソッ! だけど不本意だ。先輩と朱莉さんを2人きりにさせるなんて。なまじ先輩は女性慣れしてるから不安だ……。まあ朱莉さんに限って先輩になびく……なんてことは無いと信じたいが)一方の朱莉は翔があまりにも自分を凝視しているから不思議でならない。「あ、あの……翔さん。どうかしましたか?」その時になって翔は自分がぶしつけに朱莉を見つめていることに気が付いた。「い、いや! 何でもないよ。ところで先輩の顔は覚えているかな?」「ええ、大体は覚えています。確かすごく背の高い方でしたよね?」「ああ、そうだね。確か183㎝あるって言ってたからな」「183㎝……すごいですね。私より30㎝も背が高いですよ。私は背が低いですから」「いや? 俺としては背が小さくて可愛らしいと思うけどね」「え?」朱莉は不意を突かれたように翔を見上げた。「あ……そ
翔は半ば強引に二階堂に押し切られ、本日部屋に招くことが決定した。だがある意味、ひな祭りである今日は二階堂を招くには適した日程と言えた。最近は大人の女性もひな祭りをお祝いするようになっている。以前から翔は、いつも蓮の世話をしてくれる朱莉に感謝の意を込めて手料理を振舞いたいと思っていた。そして自然の流れで二階堂を招けば、あまり違和感を抱かせないのでは……と翔なりに懸命に考えての計画だった。 翔はベビーベッドに寝かされている蓮の様子を伺った。幸い、蓮は先ほどたっぷりミルクを飲んだので、今はぐっすり眠りについている。「蓮……パパは今から料理を作るから、どうか大人しく寝ててくれよ?」翔は持ってきたエプロンを身に着けると、早速料理の準備にとりかった。ちらし寿司の具材の仕込みはもう事前に終わっている。ご飯を炊いて具材を混ぜればちらし寿司はすぐに完成する。翔はお米を研ぎ、水深させると次の料理の準備に取り掛かった——****「ねえ朱莉。最近何か変わったことは無かった?」母の為にリンゴを剥いていると、突如朱莉は声をかけれらた。「え? 突然どうしたの? 別に何も変わったことは無いけど……あ、そうだ!」「何? どうしたの! 朱莉!」「あのね、今日はひな祭りでしょう? それで翔さんが私の為に手料理を振舞ってくれるんですって」朱莉は笑顔で言った。「そ、そう……それは良かったわね……」洋子は安堵の溜息をつき、その様子が朱莉は気になった。「お母さん……どうしたの?」「い、いえ。何でも無いのよ。でも……翔さんと仲良くやっているのよね?」「え? うん。大丈夫、仲良くやってるよ?」母の質問に答えながら朱莉は不思議に思った。(どうしたんだろう……? 今まで一度もそんなこと尋ねてきたこと無かったのに。何かあったのかな?)「ねえ。お母さん……何かあったの?」「え? な、何かって?」妙に焦った反応をする洋子。「だって今迄翔さんと仲良くやってるのかどうかって質問一度もしたことが無かったから気になって」「あ、あら? そうだったかしら……? でもいつも気にかけていたことだから」「そうなんだ。なら安心して。翔さんとはうまくいってるから」それは朱莉の本心からの言葉であった。それを聞いて洋子は安堵した。(そうよね……。きっとあの写真は何かの間違いよね……) 何
3月3日土曜日―― 今日は朱莉が母の面会に行く日だった。「それでは翔さん。本日もよろしくお願いします」朱莉は玄関で靴を履くと翔を見上げた。「ああ、蓮のことは気にせずにゆっくりしてくるといいよ。でも蓮が眠っている時で良かった。そうでなければ泣いて愚図ったかもしれないからね」翔は笑顔を朱莉に向ける。「あの……それで、本当に食事の準備は大丈夫だったのでしょうか?」「ああ、気にしないでいいよ。今日はひなまつりなんだ、女の子のお祝い事の行事の日だからね。そんな日位、少しは家事を休んでもいいんじゃないか?」翔の言葉に朱莉は頬を染めた。「わ、私は……もう女の子ではありませんから……」「そうかな? 俺から見たら朱莉さんは十分可愛らしい女の子に見えるけどね?」「え?」その言葉に朱莉は思わず顔を上げた。翔はそれを見て自分が失言してしまったことに気が付いた。(し、しまった……! お、俺は朱莉さんに何てことを……。こんな生活をしているから、つい朱莉さんが自分に好意を寄せているのではと勘違いをするなんて……!)「い、いや。今の話は忘れてくれないか? それで……今夜だけど……」「ええ、大丈夫です。二階堂社長がいらっしゃるんですよね?」「そうなんだよ。17時に、この部屋に来ることになっている。本当にすまない朱莉さん! 俺は何度も二階堂社長に話をしたのだけど……どうしてもリサーチの為に小さな子供を育てている家庭環境を見せて貰いたいって頼みを断り切れなくて……」翔は朱莉に頭を下げた。「そんな、どうか頭を上げてください。元々この億ションも私の物ではありません。数年間の仮住まいのお部屋ですから。元の持ち主は翔さんなんです。なので私に断りを入れる必要は何もありませんからお気になさらないで下さい。それに二階堂社長にはお世話になりましたし、何より翔さんの大切な先輩なんですよね?」「あ、ああ……そうなんだ。でもその代わり、もてなしは俺がするから朱莉さんは何もしなくていいからね? 蓮の面倒と二階堂社長の話し相手になってくれればいい」「話し相手……ですか?」朱莉は首を傾げた。一方の翔はまたしても自分が失言してしまっことで焦っていた。(まずい……! これ以上何か喋れば完全にボロが出てしまいそうだ。ここは一刻も早く朱莉さんを送り出さなければ……)「朱莉さん。お母さんが
「九条が朱莉さんを思う気持ちの方がずっと強いってことだ。いいか? 鳴海……お前気を付けろよ? そんなんじゃ今に誰かに足元を掬われるぞ? 例えば……京極正人とかにな」二階堂の言葉に、翔は目を見開く。「先輩、ひょっとして……京極のこと、何か知ってるんですか?」「今色々調べてるところさ。何せ、あいつこの俺に喧嘩を吹っかけてきたからな」二階堂は再び熱燗を飲みながら翔にも熱燗を勧めた。「え……? 喧嘩……? どういうことですか!?」「あいつ……九条と朱莉さんの後をつけて、2人が会っている写真と報告書を匿名で会社に……しかも俺宛てに送り付けてきたんだ」「えっ!? 琢磨が朱莉さんと2人で会っていたんですか!?」「おいおい……気にするのはそこか?」呆れたように肩をすくめる二階堂。「……そ、それ……は……」「仕方ないじゃないか。九条は朱莉さんにぞっこんだし、所詮お前と朱莉さんは偽装婚、赤の他人なんだから。それよりも問題なのはそれを京極に見られていたってことだ。いや……もしくは人を使って朱莉さんか九条を以前から監視していたのかもしれない」「そ、そんな……」「まあ、それがきっかけで俺は九条をオハイオ州へ行かせたんだけどな。会社と九条を守る為に」「琢磨……」翔は俯いた。「あー、そんな辛気臭い顔するなって。飯がまずくなる。ほら、ここのすき焼きは最高なんだぞ? 火、入れるぞ?」二階堂はすき焼きセットにバーナーで火をつけた。「京極……あいつ、間違いなくお前と朱莉さん……そして義理の妹……確か明日香だっけ? 3人の関係を知っているに違いない」すき焼きを焼きながら二階堂は言う。「そう言えば実はこの間、雑誌の取材でバレンタインの日に女性記者からインタビューをレストランで受けたんですよ」「はあ? なんだ……それ。いかにも勘違いさせそうなシチュエーションだな?」「そうですね。それでその女性記者と会っている場面が写真に収められて……脅迫めいたメールが届いたんですよ」「まだそのメールは残っているのか?」二階堂は出来立てのすき焼きを頬張りながら尋ねた。「はい、あります」「どれ、見せてみろ」「はい」翔はスマホのメールを表示させると手渡した。二階堂はそれをじっくり眺める。「……別にウィルス感染を起こさせるような感じは無いな。純粋にお前を脅迫しようとしている